Skip to content

アジア太平洋地球変動研究ネットワーク

アジア太平洋地球変動研究ネットワーク

研究報告書を読む
ニュース

「気候変動と海洋環境の未来 ~持続可能な海をめざして~」 開催報告

2025年3月18日、アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)は、「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」の関連イベントとしてユネスコ政府間海洋学委員会(IOC-UNESCO)の承認を受けるとともに、兵庫県公益財団法人ひょうご環境創造協会公益財団法人国際エメックスセンターの後援を受け、フォーラム「気候変動と海洋環境の未来 ~持続可能な海をめざして~」を開催しました。
フォーラムはHAT神戸の会場から、日英同時通訳付きでオンライン同時配信され、国内外から173名(会場29 名、オンライン144名)が参加しました。

開会にあたり、渋谷洋明APN副センター長が挨拶を行い、気候変動、生物多様性の喪失、海洋プラスチック汚染といった複合的な環境問題には、個別に対応するのではなく、相乗効果をもたらす解決策を考える必要があると述べました。そのためには、複数の課題の関係性を科学的に分析し、エビデンスに基づく戦略的かつ実践的なアプローチをとることが重要であり、分野を超えた専門家の連携や地域との協力が求められていると強調しました。「本日のフォーラムを通じて、一人ひとりが環境問題への理解を深め、行動に移すきっかけとなれば」と期待を述べました。開会挨拶 渋谷洋明 APN副センター長

第1部では、神戸大学大学院工学研究科の内山雄介教授が、「海洋環境問題の現状とデジタルツインによる戦略的アプローチ」と題して基調講演を行いました。
内山教授は、地球温暖化による海面上昇、海洋の酸性化、プラスチックごみによる海洋汚染、海水温の上昇による生態系の悪化(サンゴの白化など)について、数値やグラフを用いて分かりやすく解説しました。
このような海洋環境の現状を踏まえ、本講演の中心となる話題として、海洋の流れや汚染物質の輸送などをコンピューター上の三次元空間に再現し、現実と同じ条件下での研究や予測を可能にする「デジタルツイン」の開発について説明しました。デジタルツインは、自然現象を記述する様々な物理・化学の方程式を用いて、流れや熱などの時間的変化をコンピューターで計算し、これに実際の観測データを統合・補正することで、より高精度な再現・予測を実現する技術です。
デジタルツイン技術を用いた海洋環境への戦略的アプローチとして、内山教授が取り組まれてきた具体的な事例が紹介されました。広島湾におけるマイクロプラスチックの移動メカニズムの解析、瀬戸内海でのアマモ種子の拡散と生態系ネットワーク形成のシミュレーション、下水処理場からの処理水の拡散予測などが挙げられました。さらに、海運業の低炭素化に向けた事例として、海流と台風の動きを考慮した船舶の最適航路を導き出すシミュレーションも紹介され、燃料消費の削減効果が示されました。これらの事例は、デジタルツイン技術が持続可能な海洋環境の再生・保全に貢献するだけでなく、様々な分野での課題解決にも応用できる可能性を示しており、今後のさらなる展開が期待されます。基調講演 神戸大学大学院工学研究科 内山雄介教授

第2部の海外研究講演では、オレゴン州立大学農学部のスーザン・ブランダー准教授が、北太平洋海洋科学機構(PICES)の研究グループの一員として実施した「北太平洋におけるプラスチック汚染の長期モニタリング」について講演しました。
ブランダー准教授は、プラスチック廃棄物が世界的に急増しており、特に北太平洋はプラスチック汚染の中心地で、「ゴミベルト」と呼ばれる海域に深刻な影響が生じていると指摘しました。長期的なモニタリングの結果、貝類、ウミガメ、イワシなどの魚類、カモメなどの海鳥を含む多くの海洋生物がマイクロプラスチックを摂取していることが明らかになりました。また、ヒゲクジラは海水からよりも餌を通じて大量のプラスチックを摂取していること、さらにマイクロプラスチックや繊維が商業漁業種の内臓だけでなく、食用の筋肉部分(切り身)からも検出されたことが報告され、生態系や人間への影響も懸念されると述べました。
また、ブランダー准教授は、研究者と連携して「世界のプラスチック摂取生物指標(Global Plastic Ingestion Bioindicators: GPIB)」プロジェクトを2023年に立ち上げ、選定種によるモニタリング計画の策定および実施を推進していると紹介しました。今後は、研究者ネットワークの拡充やデータポータルの公開を通じて、世界各地での情報共有と国際協力を進めていく方針です。これらの取組は、海の環境保全(SDGs目標14)だけでなく、人の健康(目標3)や有害物質の管理(目標6)にも貢献するものであり、持続可能な社会の実現には強固な国際的パートナーシップと協力が不可欠であると結びました。海外研究講演1 スーザン・M・ブランダ― オレゴン州立大学農学部准教授

続いて、サウスパシフィック大学海洋科学科上級講師のアマンダ・フォード博士が、「太平洋島しょ地域における魚類のマイクロプラスチック汚染の評価とプラスチック汚染に対する地域住民の認識」について講演しました。
フォード博士は、APNの支援の下で実施した太平洋島しょ国におけるマイクロプラスチック汚染調査の成果について報告しました。調査はフィジー、トンガ、ツバル、バヌアツの4か国で行われ、魚類に含まれるマイクロプラスチックの量には国ごとに有意な差があることが判明しました。特にフィジーでは汚染レベルが高く、トンガとツバルがそれに続きました。一方、バヌアツでは低い汚染レベルが確認されました。
また、魚の生息域、水中のどの層で摂食するかといった要因によってもプラスチックの摂取量に差が生じており、肉食性の魚や吸引によって摂食する魚で高い傾向が見られました。プラスチック汚染の主な原因としては、投棄されたゴミ、漁具、廃水が特定されました。投棄ゴミについては、自治体の廃棄物管理体制の強化、特にゴミ集積場の整備が不可欠であると述べました。
各国の漁業者や地域住民への聞き取り調査から、プラスチック汚染やその影響に対する高い認識が示された一方で、マイクロプラスチックに関する理解は限定的であることが明らかになりました。また、海岸に近接するごみ収集場からの流出が懸念されており、地域の方々からは、沿岸部から内陸部へのごみ集積場所の移転を含む、自治体による廃棄物管理体制の改善が必要であるとの意見が寄せられました。 フォード博士は、科学的データと伝統的な生態知識の統合の重要性を強調するとともに、マイクロプラスチック汚染に関する住民の意識向上と教育の充実の必要性を訴えました。海外研究講演2 アマンダ・フォード サウスパシフィック大学海洋科学科上級講師

続いて行われた質疑応答(Q&A)セッションでは、参加者から多くの質問が寄せられました。

【質問1】国連環境計画(UNEP)の下で進められている、世界的なプラスチック条約の策定に向けた動向について教えてください。
【回答】ブランダー准教授は、現在は第6ラウンドの交渉段階であり、自身は条約策定に向けた政府間交渉の科学者会合の一員として、科学的知見の提供を通じて、条約策定プロセスに貢献していると述べました。プラスチック汚染は一国の問題ではなく、世界全体で協力して取り組む必要があると強調。焦点は「削減」にあり、プラスチック
ごみは海洋に流出してからでは回収が困難なため、発生源を断つことが最も重要であると語りました。現在、約170か国が交渉に参加していると紹介しました。

【質問2】太平洋地域における長期的なモニタリングは、政策決定にどのような影響を与えることができますか?
【回答】ブランダー准教授は、マイクロプラスチックに関する知見を蓄積し、指標種を特定のうえ標準化されたモニタリングを行うことで、汚染の影響を「見える化」でき、科学的根拠に基づいた政策への反映が可能になると述べました。また、得られたデータを広く共有することにより、北太平洋で始まった取り組みをグローバルに展開、国際的な政策支援につなげていきたいと語りました。

【質問3】海洋デジタルツイン分野において、AIは今後どのように活用できますか?
【回答】内山教授は、AIはすでに海洋データの解釈やシミュレーションに活用されており、特にニューラルネットワークの活用により、限られたデータからでも有効な解析が可能であると説明しました。また、マイクロプラスチックやプランクトンの画像識別、さらには海洋の状態予測や気象予報の分野においてもAIは有効であり、今後さらなる発展が期待されると述べました。

【質問4】科学的データと地域住民の認識の間に、大きなギャップはありましたか?
【回答】フォード博士は、太平洋地域の住民は日常生活の中で環境の変化やプラスチック汚染の脅威を感じている一方で、マイクロプラスチックがもたらす科学的な影響に関する理解には依然としてギャップがあると指摘しました。だからこそ、本プロジェクトのような取り組みには意義があり、短期的な観測にとどまらず、長期的なモニタリングを通じて住民の理解と意識を高めていくことが重要であると述べました。Q&Aセッション

最後に、渋谷洋明APN副センター長が閉会の挨拶を行いました。講演の振り返りとして、内山教授からは海洋環境の回復に向けたシミュレーション技術の活用、ブランダー博士からはマイクロプラスチックが食物連鎖に与える影響と観測における戦略的手法、フォード博士からは地域住民との協働による科学的調査の重要性について、それぞれ実践的な知見が得られたことを述べました。そして最後に、「本日のフォーラムを通じて得られた知見を、それぞれの活動や研究に役立て、持続可能な社会づくりに向けた具体的な行動につなげていただきたい」と結びました。

APNでは、兵庫県、関係機関、研究機関などと連携しながら、今後も、県民の皆さまが気候変動問題についての認識を深められる取組を進めてまいります。
次回フォーラムは大阪万博の関連イベントとして、2025年9月28日(日)に、地域循環共生圏;里山をテーマに開催予定です。

当日の資料は、リンクをクリックして下さい。